『i─アイ─』西加奈子:苦しみに満ちた世界の中で、幸せになってしまった私。生まれてくる命に意味はあるの?

くるみ
これとこれと…あとこれもぜんぶ!あ、これと、これも買います!(ドサドサッ)
きなこ
うわー大人買いだぁ!
ゆば
よっぽどの本好きなのかな?なんだか思い詰めた顔してるけど。
だいず
ず、ずいぶん勉強熱心なんですね……。自己啓発本ばっかりだけど、なにかあったんですか?
くるみ
いえ、ただ読書をして生まれ変わりたいんです。
スキルもない、肩書きもない、今のわたしなんて何の価値もないから……たくさんの本を読めば何か変わるような気がするんです。誰でもない、世界に一人だけの存在になりたいんです!
だいず
そうだったんですね。
であれば……オマケするのでよかったらこちらもどうぞ!
くるみ
これは小説ですか?そういえば、もう何年も読んでなかったな……。
だいず
今のあなたには、100冊の自己啓発本よりも沁みるかもしれませんよ。よかったらちょっと立ち読みしていきませんか?

 

 

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どこにも所属できない寂しさを抱えた少女、アイ

あらすじ

「この世界にアイは存在しません。」
入学式の翌日、数学教師は言った。
ひとりだけ、え、と声を出した。
ワイルド曽田アイ。
その言葉は、アイに衝撃を与え、
彼女の胸に居座り続けることになる。
ある「奇跡」が起こるまでは――。

Amazon紹介文より

だいず
物語の主人公、ワイルド曽田アイ。彼女は幼いころから聡明であり、それゆえに自分のアイデンティティの不確かさに悶々としていた。
きなこ
名前からしてハーフなのかな。だからアイデンティティが不確かだったの?
だいず
ハーフではないんだ。彼女はシリアで生まれ、養子としてアメリカに渡った。
アイを引き取ったワイルド家は、アメリカ人の夫と日本人の妻で、とても裕福な夫婦だった。
血のつながった親も祖国も覚えていないし、シリア人の姿でありながら英語と日本語で話す。それゆえにアイは、どこにも所属できていない空虚感を抱えていた。
ゆば
なかなか複雑な事情だね。
だいず
やがて日本で暮らすようになったワイルド一家。高校に入学したアイは、数学の授業で聞いたある言葉にとらわれてしまった。
「この世界にアイは存在しません。」
くるみ
それってたぶん複素数「i」のことで、現実にはありえない虚数ですよね。
だいず
そうだね。先生は数学に興味を持ってもらおうとして話したんだけど、アイデンティティを確立できないアイにとっては、残念ながら呪いの言葉となってしまった。
このフレーズは、アイの頭の片隅に、ひっそりと漂い続けることになる。
くるみ
間違いなくそこにいるのに、この世界に存在していない…。なんだか今のわたしみたいです。

 

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無数の苦しみがある世界で、なぜ自分はこんなに恵まれてしまったの?

だいず
アイは、どうして自分だけがこんな幸せな環境を手に入れてしまったのかという罪悪感に、人知れず苦しむ。
世界には貧困や戦争に苦しむ人が数多くいて、本来なら自分もシリアでその運命をたどっていたかもしれない。それなのに、なんの努力もなしにこんなに幸せな生活をしている自分は、ほかの誰かが手にするはずだった幸せを奪っているんじゃないかという葛藤を抱えてしまうんだ。

ただ、アイは中でも自分は特別「恵まれている」という想いから逃れることは出来なかった。皆はたまたま裕福な家庭に生まれた。それは彼らが望んだことではないし、両親の意図的な選択によってもたらされるものでもないだろう。自分だってそうなはずだった。自分は両親の元に「養子」に行きたいと望んだ記憶もないし、両親だって子どもを選ぶことはしなかった。
でもアイは、自分が恵まれた環境の恩恵にあずかる正当な人間ではない気が、ずっとしていた。ここにいるのは私だが、私ではない他の誰かだったかもしれない。自分は「その子」の権利を不当に奪ったのではないか、そう考えていた。アイはいつも自分の幸福を、そしてその存在を持て余していた。

i(アイ)本文より

きなこ
そんな、アイが悪いわけじゃないのに。
だいず
その罪悪感を拭い去ろうと、アイは世界の「苦しみ」を、一冊の黒いノートに書きとっていく。
テロリズム、事故、戦争、災害……無数の死者、その一人ひとりに名前と人生があった。それなのに、ニュースではただの「数」でしかない。アイはノートにその数を書き残すことで、世界にあるたくさんの「苦しみ」へ、思いを寄せようとしたんだ。
くるみ
たしかに存在するのに、ただの数でしかなくなってしまう。その点では、アイに共通しているのかもしれませんね。
だいず
アイは感受性が豊かだから、それが安全な場所から見下ろす傲慢な行為だということもわかっている。だから、ノートに死者の数をつづり続けても、アイ自身の苦しみが止むことはなかった。
ゆば
逆に、自分の首をしめているような気さえするなぁ。
だいず
そんなアイにとって、日本の学校は楽になれる場所だった。
同じ制服に身を包み、同じことをして、同じルールを共有する。アイは自分が「所属」できている安心感を得て、きっぱりと割り切れる数学の世界にのめり込んでいく。
くるみ
そういえばわたしも、学校はある意味で気がラクになれる場所でした。あれは、空っぽの自分に、「学校に所属している」というアイデンティティを与えてくれたからなんでしょうか?
だいず
うん、外側からアイデンティティを与えてもらえると、ある意味でラクにはなるのかもしれないね。
くるみ
そうですよね。でも、それだけでいいのかな。

 

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何物でもない自分自身も、この世界に存在するひとつの命

だいず
高校生になったアイにはミナという親友ができた。体の大きいアイとは違って、すらりとした日本人のミナ。だけどアイと同じように、孤独というベールを身にまとった少女だった。
やがて、アイはミナに自分の抱えてきた葛藤を打ち明けるときがくる。苦しむ人が多くいるこの世界で、自分が幸せであると実感すればするほど苦しい、と。
くるみ
誰にも言えずに苦しんできたアイに、ついに本音を話せる相手ができたんですね。
だいず
なのに、その「苦しい」という言葉はなかなか口から出てこない。

ぐ、と喉が鳴った。私は「苦しい」と言っていいのだろうか。いわれのない、「本当の苦しみ」を苦しんでいる人たちがいる世界で?
「苦しいって、言っていいんだよ。」
ミナは、まるでアイの胸のうちを見透かしているようだった。
「それってあんたの苦しみなんだから。それに嘘をつく必要なんてない。あんたは馬鹿じゃないから、そのことを私以外には言えないだろうって思う。そうだね、馬鹿じゃないどころか、賢すぎるんだ。」
「そんなことない。」
「正直になろう、アイ。あんたは賢すぎる。言い方を変えるね。考えすぎる。」
「……そう、だね。それはそう。」
「そしてもちろん、それがアイなんだから、考えすぎるのがあんたなんだから、それも変えなくていいと思う。」

i(アイ)本文より

きなこ
よかった!ミナにはわかってもらえたんだね!
ゆば
この子も感受性が豊かな人みたいだね。
だいず
そう。だけど、まだアイは知らなかったんだ。実はミナも、アイデンティティの揺らぎを抱えていることを。
くるみ
そうなんですね…ミナにも葛藤があったからこそ、アイの苦しみを受け入れる優しさが備わったのかもしれませんね。
だいず
この二人の葛藤が、やがて波乱へとつながってしまう。だけどその先に、小さな奇跡がこの世界に舞い降りることになるんだ。
そしてアイは、この世界に生まれるすべての命を祝福する。もちろん、自分自身をも含めて。

「生まれてきてくれてありがとう。」
私は全力で、全身全霊で、彼らの誕生を祝福するだろう。
それが世界に踏みにじられるものであっても、それでも私は祝福するだろう。
「生まれてきてくれてありがとう。」
何がありがとうだ、自分のこの惨めでおぞましい人生は何のためにあったのだと叫ばれても、唾を吐かれても、殴られても、それでも私は彼らを祝福するだろう。
生まれてきてくれてありがとう。

「この世界にアイは、」

息が続かなくなって、目を開けた。海面に浮かぶ前に、それを見た。
色とりどりの花びらが、自身の周りを舞っているのを、アイは見た。
それは先ほどミナが投げた花束かもしれないし、そうではないのかもしれなかった。
紅い花びらは血液のように見え、手を伸ばすと大きくうねって、アイの手から逃れた。緑、ピンク、青、黄色、花びらは形を変え、からかうように何度もアイのそばを通り過ぎ、アイを、アイ自身を祝福した。

「この世界にアイは、存在する。」

i(アイ)本文より

だいず
生まれてきた意味なんてあるかないかわからないけれど、たしかにこの世界にその人は存在した。その苦しみに思いを寄せることは、思い上がりかもしれないけれど愛なんだ。
命は存在する。遠い国の名前も知らない誰かであっても、今ここにいる自分自身であってもね。
くるみ
……わたしは、何かに所属することで安心したかったんですね。
だいず
自分が何者かをきっちり言葉で定義できたなら、それは立派なことかもしれないね。だけど、今この瞬間のモヤモヤとした自分だって、間違いなくこの世界に存在する命なんだ。
くるみ
そうですね。そのモヤモヤとした自分自身を、ひとまず受け入れてあげようと思います。
……この本、ゆっくり読ませてもらっていいでしょうか?
きなこ
あ、なんか晴れやかな顔になったね!
ゆば
よかったよかった。
だいず
ごゆっくりどうぞ。コーヒーでも淹れましょうか。

 

だいず
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