『今日もていねいに。』松浦弥太郎:毎日に、小さな手間を。人生に、小さなよろこびを。

きなこ
だいずさん、この本ありがとう。すっごく良かったよ!
だいず
よろこんでもらえて嬉しいよ。もしよかったら、その本の紹介をきなこちゃんにお願いしてもいいかな?
きなこ
えええっ!ウチがやるの!?
だいず
きっとだいじょうぶだよ。その本、どんな人に読んでほしいと思う?
きなこ
そうだなぁ…。毎日があわただしくって、自分を大切にする時間がなくって、「これでいいのかな?」ってもやもやしているような人かな?
ゆば
あー、環境が変わるこの時期はそんな人が多いかもね。
だいず
ふむふむ。じゃあそんな人が目の前にいると思って、その本のすてきなところを伝えてみよう。
きなこ
よ、よし…やってみる!
ほ、本日は好天にも恵まれ……お、お足元の悪いなか……
ゆば
カタっ!ってかどんな天気だよ!

 

 

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毎日を大切に、ていねいに生きる101のヒント

この本は、暮らしのなかの工夫と発見ノートのシリーズとして発刊し、多くの読者の方の支持を得てベストセラーとなった『今日もていねいに。』『あたらしいあたりまえ。』『あなたにありがとう。』の3冊の本の中から選び抜いた101のエッセイを、暮らし、仕事の工夫、人づきあいの3つの章にわけて、再編集したものです。
よく働き、よく暮らし、自分とは違う別の誰かとかかわりあいながらより良く生きていきたいと願う僕が、ときに迷い、ときに悩みながらも、自分の経験から発見し、工夫を重ねながらノートに書き続けてきた毎日を大切に、ていねいに生きるためのヒントがつまっています。
さあ、この本のページを開いてみてください。この本に書かれたことが、お読みになる方の役に立つことを願っています。

Amazon紹介文より

きなこ
松浦弥太郎さんの文章はね、読んでるとなんだか心がほっとするんだ。
だいず
そうだね。肩に力が入っている自分に気づいて、すっと力を抜けるような感じがするよ。
ゆば
ところで、そもそもていねいに生きるってなんだろう?
きなこ
そうねぇ、生きているっていう実感を味わえるスタイルって感じかな。
いつもと同じ毎日って、なんとなく終わっていくじゃない?でも、そこに小さなアレンジがあると、新しい発見や幸せが生まれるんだよ。

 

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面倒くさいことの中に、小さなよろこびがある

きなこ
ウチはね、この本を読んで、自分の手でなにかをすることの楽しさを見直すようになったよ。

楽しく生きたい、しあわせに生きたいなら、面倒くさいと言わないこと。当たり前のことですが、どうにも忘れがちなので、思い出してほしいのです。
たとえば、大切な仕事を頼まれて、「面倒くさい」と答えることは許されません。たいていの働く人はこのルールを守っているのに、どうしてほかのもっと大切なことを「面倒くさい」と切って捨ててしまうのでしょう。
「面倒くさい」とは仕事のみならず、生活のすべてで言ってはならない、考えてはならないことだという気がします。
世の中は、面倒くさいことをなくして便利になってきました。手間がかかってしかたなかったものを、新しい方法を発明して改善する、その繰り返しで世の流れができているのです。
ところが、便利なものとは諸刃の剣。便利なものを使えば使うほど、楽しみがこぼれていくことにも、そろそろ気づいた方がいい気がします。効率と便利さを追求した結果、失っていくものもあると自覚する。僕たちは、そんな時期にさしかかっているのではないでしょうか。

”面倒くさいと言わない”より

ゆば
便利になった結果、自分の手で作業することの楽しみが減ってるともいえるんだな。
きなこ
だからこそ、小さなひと手間をプラスすると、ちょっとだけ毎日が楽しくなるんだ。そのために松浦さんがやっているのが、「自分プロジェクト」だよ。

ほんのささやかなものでも、ごく小さなものでも、「うれしさ」がたくさんある一日がいい。そんな気持ちで、朝、目を覚まします。
小さなうれしさがたくさんある一日であれば、ほんのりしあわせになります。そんな毎日がずっと続けば、生きているのが楽しくなります。
そのための僕なりの方法が、自分プロジェクトです。
自分プロジェクトとは、誰かに「やれ」と、言われたことではありません。
自分でしかめつらしく「やらねばならぬ」と、決めたことでもありません。
仕事でもいいし、毎日の暮らしのなかの、些細なことでもいい。
「これができたら、すてきだろうな、面白いだろうな、きっと新しい発見があるだろうな」
そういった小さなプロジェクトをいくつもこしらえ、あれこれやり方を工夫し、夢中になって挑戦し、順番にクリアしていくことです。

”毎日が「自分プロジェクト」”より

きなこ
朝のハーブティーをおいしく淹れるための研究をする。
大好きな一曲を気持ち良く弾けるように、二十年かけてギターを練習する。
松浦さんの自分プロジェクトを読んでね、普段なんとなくやっていることに、ほんのりと目標を与えるのがポイントかなって思ったんだ。
だいず
それはおもしろいね!なにか自分プロジェクトにしたいことは見つかった?
きなこ
ウチはねぇ、サラダとドレッシングの組み合わせを研究しはじめたよ。ドレッシングは小さいカップにオイルと塩と酢をまぜて、その日に使う分をちょっとだけ作るの。ハーブとかゴマとかも入れて、いろいろ試してるんだ!
ゆば
へぇーそれ面白そう!じゃあオイラは納豆のおいしい食べ方でも研究してみるか!
だいず
とてもすてきだと思う!創意工夫を重ねると、いつものごはんの時間がちょっとうれしくなるよね。

 

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満たされた生活だからこそ、あえて余白を開ける

きなこ
手間を加えるだけじゃなくて、当たり前にあるものを引き算してみることも新しい気づきの元になるよ。

この夏、僕は毎日毎日、水ばかりを飲みました。
特別な水ではありません。「おすすめの銘柄」なんてものもありません。
コンビニで普通に売っている、日本や外国の、いろいろなペットボトルの水。水道の水でもいいし、湯ざましでもいい。
ただ、水を飲むという行為を通じて、味も色も特徴もないものとコミュニケーションしてみたい──ふっとそう、思いついたのです。
僕はまったくお酒を飲みませんが、コーヒーやジュースやお茶に慣れた舌は、おいしい味をたくさん知っているのに、いつのまにか”もっと、もっと”とほしがります。
より濃い味、よりおいしい味、よりすっきりした味。
より複雑な味を求めてしまうのは、わりあい普通のことかもしれません。

ところが困ったことに、「複雑よりは、シンプルなものがいい」と思っていても、それを追い求めると「よりシンプル度が強いものへ」という”もっと、もっと”がはじまります。たとえば、塩をつけただけのキュウリがシンプルでいいと思うがあまりに、より純粋でシンプルな塩を探し求めてしまうといった具合です。
女性の「ナチュラルメイク」は、あまりお化粧をしていないということではなくて、「お化粧していないように見えるように、しっかりとお化粧をすることだ」という話を聞いて、びっくりしたこともあります。
僕たちの生活は、”もっと、もっと”に包囲されているのかもしれません。

”水の色と水の味”より

きなこ
なんでもあって当たり前の満たされた生活。だからこそあえて立ち止まって、手放してみることって大事なんだな、って思ったよ。
ゆば
”もっと、もっと”の欲求が文化を発展させてきた。だけど、知らず知らずのうちに欲求に踊らされていることもあるね。
だいず
ものを持ちたいという欲求のアンチテーゼとしてミニマリズムがあるけど、”もっと、もっと”を追いかけているという意味では、もしかすると似ているのかもね。
きなこ
なんかウチね、「こうしなきゃいけない」っていう重荷を降ろして、ゆっくりと今の感覚に目を向けるような、そんな時間を持ちたいなって思うんだ。
それがあえて手間をかけることだったり、逆に、あえて余白をつくることだったりするよね。だけど、どっちも自分のほんとうの感覚に耳を澄ませる、っていうことになるんじゃないかなぁ。
だいず
なるほど、それがきなこちゃんの気づいた「ていねいな暮らし」っていうことだね。
きなこ
うん。今日もていねいに、自分の体と気持ちを大事にしてあげよう!

 

 

きなこ
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